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山三酒造(やまさんしゅぞう)の「真田六文銭」は、全て純米醸造、本醸造で、飲み易い、すっきりした味に仕上がっています。
この酒名は、その名の通り信州上田の真田家の家紋として有名な、真田六文銭から来ています。
別名六連銭紋ともいい、真田家は六文銭を用いる前は雁金(かりがね)の紋を用いていました。ちなみに、この家紋は真田家だけの家紋ではなく、他氏もこの家紋を使っています。 |
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六文銭のいわれはさまざまあります。
真田家が六文銭を旗印として用いたのは、武田家滅亡後の北条氏との一戦で六文銭を用いて勝利してからだとする説。
六連銭は仏教でいうところの六道銭のことで、三途の川の渡し賃である、決死の覚悟である、という意気込みが伝わるところからこの家紋にしたとする説。 |
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真田氏は清和源氏の発祥で、信濃国小県郡、現在の長野県上田市の豪族・海野棟綱あるいは真田頼昌の子とされる真田幸隆(幸綱)が小県郡真田郷を領して以後、広く知られるようになったといいます。
幸隆の子昌幸は、信玄の近侍として足軽大将などを勤めていたといわれます。武田氏滅亡後、昌幸は信長に属し、信長死後は家康に属しましたが、沼田城の明け渡しを命じられてこれを拒絶したため、家康とは絶つことになりました。その後は秀吉に属しました。
大阪の陣に際し信繁すなわち真田幸村は、秀頼の招へいに応じ大阪城に入り、徳川軍をおおいに悩ましたことは、真田十勇士の逸話などにも代表されるように、あまりに有名です。 |
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